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初音ミクとCeVIOの知声を、自分で調声してミックスまで組んだことがあります。人間のボーカルミックスの経験の方が圧倒的に多かったので、そのままの感覚でミックスにかかったところ、見事に痛い目を見ました。
普段、人間のボーカルには、あらかじめ組んであるプリセットを使っています。ドライ素材を聴いて、プリセットを通した音を聴いて、そのギャップを埋めるように微調整をする。この手順で、だいたいのボーカルはカチッとハマります。
ところが、ボカロにこのプリセットを当てても、まったく機能しませんでした。何度調整しても、狙った音質に近づいていく感触がありません。何分か格闘して、ようやく理由に気づきました。
聞こえているのは声なのに、鳴っている音は声ではなかったのです。
子音の部分、それも音の立ち上がりのトランジェントのごく一瞬だけに、人間の声らしさが乗っています。その直後の母音から先は、ほぼ完全にシンセの音です。私はそれを「声」だと思って処理しようとしていました。でも実態は、頭のごく一部だけ声のふりをしたシンセの音でした。
これに気づいてから、シンセだと思って改めて聴き直しました。すると、本当にただのシンセの音にしか聞こえなくなりました。認知が変わった瞬間、そこから先のミックスは驚くほど簡単になりました。声に使う技術ではなく、シンセに使う技術を当てはめてみたら、あっさりハマったのです。
この経験は、ボカロ曲とJ-POPの聞こえ方の違いにもそのままつながっていると思っています。
多くの人は、ボカロ曲を聴くとき「歌もの」として聴いています。人が歌っていると思って聴いているから、J-POPの歌ものと比較して、どこか違和感を覚えたり、聞こえ方が違うと感じたりするのだと思います。
でも、私がミックスの現場で気づいたように、ボカロの音の実態はほとんどがシンセです。最初からインスト曲だと思って聴き直すと、印象がまったく変わります。歌ものとして聴いていたときの違和感が消えて、単純に「よくできたインスト曲」として耳に入ってくるようになります。
つまり、同じコード進行でも聞こえ方が違って感じられるのは、コード進行自体の問題ではなく、聴く側が「これは歌もの」だと思い込んでいるかどうかの問題なのだと思います。認知の枠組みが変わるだけで、同じ音源が別のジャンルの曲のように聞こえてくる。これは音響の話というより、脳がどう分類して聴いているかという話です。
自分の耳で、ミックスの現場で実際にひっかかったからこそ気づけたことなので、この話はわりと自信を持って言えます。
