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「歌ってみた」の仕事で、いまだに解せずにいること

読了目安:約7分

「歌ってみた」の仕事を受けると、まず本人が選んだOKテイクが送られてきます。自分の判断で一番良いと思ったテイクです。それが、まあまあ下手です。

ピッチもタイミングもかなり甘い状態のものを、聴けるレベルまで補正して提出します。すると、そこからさらに細かい修正依頼が来ます。ここで毎回思うのです。それだけ細部にこだわりがあるなら、最初にもう一度録り直した方が早かったのではないか、と。

ダイナミクスの話も似ています。「歌ってみた」をやっている人たちは、あくまで趣味の範囲で機材を揃えています。マイクもインターフェースも、高くて一つ3万円台くらい。全部合わせても100万円を超えている人など、ほとんど見たことがありません。機材の知識自体もほぼ無いので、設定はネットで見たおすすめをそのまま真似ただけのものがほとんどです。適当に選んだ機材で、適当な設定のまま、適当に録った音が、最初から良い音であるはずがないのです。

その音を、プロの音源と並べて聴いても違和感が出ないところまで、私は処理で追い込みます。正直、この作業量はかなりのものです。しかし、その大変さは、納品しても絶対に伝わりません。


なぜ伝わらないのか、考えたことがあります。

ひとつは単純に、処理の痕跡が見えないからです。良い処理というのは、やった形跡を残さないことが目的なので、うまくいけばいくほど、依頼者からは「元からこうだったのでは」としか見えなくなります。

でも、それだけでは説明がつかない部分があります。もっと根本的な話として、私はこう思っています。「歌ってみた」をやる人たちは、そもそも歌が上手くなることや、良い音源を作ることを最終目的にしていないのではないか、ということです。プロのエンジニアに手直しされること自体を、体験として楽しみに来ているのではないか。プロっぽい仕上がりになった自分の声を聴くこと、そのために必要な過程として「直される」ことを求めている。

だとすれば、機材にお金をかけない理由も、録音の詰めが甘いまま満足してしまう理由も、全部つながります。仕上がりの品質そのものより、プロに触ってもらうという体験の方が目的になっているのだとしたら、機材や技術への投資が起きないのは当然です。そして、その動機の違いこそが、そのまま音質の差になって表れているのだと思います。

これに気づいてから、多少は納得できるようになりました。ただ、正直に言うと、納品のたびに追加の修正依頼を見るたびに、まだ少し「解せないな」という気持ちは消えません。

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