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以前、余白の話を書きました。(その記事はこちら)デザインでも音楽でも、私は余白や引き算を好む人間だと自認しています。ところが、映像編集の話になると、私は真逆のことをしています。間を引き算していると言えば、真逆とも言えでもないか……?
企業のYouTubeチャンネルを編集するとき、私はテンポを異常なほど気にしています。絶え間なく声が出ていて、絶え間なく何かが画面に映っている状態を作ります。情報も目的もない映像は、基本的に映しません。話し手の間は極限まで詰めます。質問と回答の間も詰めます。余計な言い淀みも詰めます。ノイズも消します。とにかく隙間という隙間を埋めていきます。
これだけ聞くと、余白を大事にしている人間のやることとは思えないかもしれません。でも、これには理由があります。
隙間を徹底的に埋めておくと、稀に入れる余白が、異様に際立つのです。もっとも伝えたい一言は、あえてこの余白の中に置きます。捲し立てるような話し手の声と、その隙間を埋める自作のBGMがずっと鳴り続けている状態から、急に無音になり、唇を弾いただけの小さな音だけが白背景に流れ、同時に企業ロゴが一秒未満で現れる。このトランジェントは、詰め込んでおいたからこそ最大の効果を発揮します。ジングルと呼ぶには短すぎる、ジングルに満たない音の切り替えですが、これだけで視聴者の意識に、無意識的に場面転換を植え付けることができます。
この手法の目的は、実は演出の格好良さではありません。YouTubeでは、視聴者が離脱するかどうかは常に秒単位で決まります。中身の詰まっていない一秒があるだけで、そこで指がスワイプする理由になってしまいます。捲し立てるような編集は、極端に言えば、内容そのものが薄くてもクオリティが高く感じられてしまいます。これは動画の質を誤魔化しているというより、離脱を防ぐための構造的な処置です。
もう一つ理由があります。お笑いや演技には、絶妙な「間」が必要です。しかし、企業のYouTube動画に出演するのは、ほとんどの場合、話芸のプロではありません。全員が素人です。だから、その人自身の間の取り方に、映像のテンポを預けるわけにはいきません。素人の間には、良い間と悪い間の両方が混ざっていて、それを編集で選別して、テンポを外から与えてやる必要があるのです。
自分の趣味では余白を愛しているのに、仕事としての編集では真逆の詰め込み型をやっている。これは矛盾しているようで、実はやっていることの根っこは同じなのかもしれません。余白が効くのは、それが際立つ状況を先に作っているときだけだ、ということです。何も無い状態にずっと余白があっても、それはただの間延びでしかありません。
