読了目安:約8分
以前、ココナラで文章によるミックス・マスタリングのアドバイスをするサービスをやっていたことがあります。ある依頼者は、自作曲のクオリティをもっと上げたいという相談でした。
その方の楽曲を聴いて、正直かなり驚きました。個人で楽しむ範囲であれば十分すぎるくらいのクオリティです。使っているソフトも、プラグインも、私が普段使っているものとほぼ同じ構成でした。それなのに、販売レベルには一歩届いていない。同じ道具を使っているのに、なぜここまで音の仕上がりに差が出るのか、最初は単純に不思議でした。
話を聞いていくうちに、理由がはっきりしてきました。その方には、目指す音質の具体的な目標値がありませんでした。
私自身は、ミックスをするとき「こういう音質にしたい」というかなり明確な目標を先に立てます。そこに向かって、エフェクトを一つずつ試し、つまみを動かし、どのつまみがどう効いてどんな変化をもたらすのかを覚え、目的に近づくための組み合わせを探していく、という進め方をしています。依頼者にはこの、目指す先を数値や具体的な状態として持つという工程が、まるごと抜け落ちていました。
指標が無いままだと、ネットに溢れているミックス情報に振り回されることになります。良さそうな情報を見つけては、それをそのままトレースして重ねていき、なんとなく前より良くなった気がする、というところで止まってしまう。これでは本当に良い音には辿り着けないのだと、話しながら気づかされました。
自分がやっていた「目標設定を明確にする」という進め方は、思っていた以上に音質向上に直結する要素だったのだと、この一件で確信しました。
これは音圧やラウドネスについても、まったく同じことが言えます。
サブスク時代のマスタリングでは、単純に「音圧を上げる」というあいまいな目標ではなく、配信プラットフォームごとに定められたラウドネス正規化の基準値に対して、どこまで正確に近づけるかという、具体的な数値目標を持つことが重視されるようになりました。かつては「とにかく音圧を稼ぐ」ことが良いマスタリングとされていた時期もありましたが、各プラットフォームが自動でラウドネスを揃えてしまう仕組みを導入したことで、無理に音圧を稼いでも、再生時には音量を下げられてしまい、むしろ音が痩せて聞こえる結果になることが分かってきました。
だからこそ、いま必要なのは「なんとなく音圧を上げる」という感覚的な作業ではなく、狙うべきラウドネス値を先に定めて、そこに正確に着地させるという、定量的な目標設定に基づいた作業です。これは、ココナラでの一件を通して私が実感した「目標値の具体性が音質を決める」という考え方と、完全に同じ構造をしています。
