読了目安:約4分
海外のチャートを聴いたあとに日本のチャートを聴くと、音がひとまとまりになっているのが分かります。ステレオ感が少なく、声が近い。
以前この違いについて書いたとき、私は答えを出せずに「考えがまとまったら続きを書きたい」と締めました。今日はその続きです。
「日本のミックスは遅れている」わけではない
この違いを、日本のエンジニアの技術が海外に追いついていないからだ、と説明する人がいます。でも私は、そうではないと考えています。
日本のミックスが声を近くまとめているのは、技術の差ではなく、聴かれる場所と、聴く人の要望に合わせた結果です。理由は2つあると思っています。
理由その1:日本の音楽は、狭い部屋で小さな音で聴かれる
まず再生環境です。音楽をイヤホンで聴くのか、スピーカーで聴くのか、車で聴くのかで、ちょうどいいミックスは変わります。
広い敷地に大きな家があって、そこで大きなスピーカーから音を出せる。そういう環境で音楽を聴いている日本人は、かなり少ないはずです。多くの人は、狭い部屋で、小さな音で、イヤホンか小さなスピーカーで聴いています。日本のネット発の音楽文化も、6畳の部屋で作られたものが、別の6畳の部屋へと広がっていったものだと思います。
イヤホンや小さなスピーカーでは、音がいいとは言いにくい。その環境で、空間の広いミックスを再生するとどうなるか。リバーブの響きが歌を包んで、声が埋もれて聞こえます。もっと声をはっきり聴きたい。その対処として「リバーブを抑えて」という方向に修正が向かうのは、自然な流れです。
理由その2:一番細かく聴いているのは、歌った本人
もう1つは、誰がミックスに注文をつけるかです。
私の経験では、リバーブを抑えめにしてほしいと言うのは、圧倒的にボーカリスト本人が多いです。考えてみれば当然で、誰でも自分の担当楽器は大きく、はっきり聴きたいものです。ギタリストがギターを、ドラマーがドラムを前に出したくなるのと同じです。
日本の音楽は、歌を中心に聴かれます。歌を一番細かく聴いて、一番具体的に注文を出すのが歌い手本人である以上、声は前へ、近くへと寄っていきます。
広いミックスを、わざと引っ込めた日
これを一番はっきり感じたのは、日本のラップのミックスを担当したときでした。
私は海外のミックスを参考にして、広いアレンジと広い音像で仕上げました。ところがアーティスト側からは、これだと日本のリスナーに届いたときに違って聞こえるし、自分たちの感覚とも少し違う、という反応でした。
結局、わざとシンプルなリバーブにして、すぐ近くで歌っているような、一昔前のミックスを採用しました。技術的には広げられるのに、あえて広げない。日本のリスナーに向けて作るなら、それが正解だったのです。
余談:音がひとまとまりなのは、国民性なのか
ここからは確信のない話です。
音がひとまとまりになっていることには、日本人の性格的な背景もあるのではないか、と考えることがあります。周りと足並みをそろえ、ひとまとまりでいることが美徳とされてきた文化が、音の作り方にまで染み出しているのではないか、という仮説です。
ただ、これは証明のしようがありません。再生環境や歌い手の要望のように、現場で確かめられる話とは違うので、余談として置いておきます。
近いミックスは、届け先に合わせた答え
私は今でも、アメリカの広い音像が好きです。自分の曲では広いミックスを心がけています。
それでも、日本のミックスが声を近くまとめていることを、遅れているとは思わなくなりました。6畳の部屋で、イヤホンで、歌を中心に聴かれる音楽です。そこに届けるなら、声を近くに置くのは、ちゃんと理由のある答えでした。


