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音楽の仕事をしていると、依頼者からいろいろな言葉で注文をもらいます。「なんだか機械っぽい」「深海のような感じで」「もっと感情的に」。どれも、そのままではつまみの動かし方に変換できない言葉です。
依頼者は、音を印象の言葉で語ります。作り手は、音を操作の言葉で扱います。その間に立って翻訳するのも、作り手の仕事の一部です。私がよく受け取る3つの言葉を例に、その翻訳の手順を書いてみます。
「機械っぽい」:症状から原因を探す
ミックスでよく言われるのが「機械っぽい」です。
この言葉は、症状の報告です。依頼者が感じているのは、ボーカルの処理が硬くて、人間の自然な声から離れて聞こえるということ。つまり本当の注文は「その硬さを弱めてほしい」です。
では、硬さの原因はどこにあるか。多くの場合、高音域のキラキラした成分が多すぎます。そこを少し下げれば、声は人間の側に戻ってきます。
症状を言う言葉は、医者が問診を聞くように受け取るのがいいと思っています。依頼者は原因を言う必要はなく、どう感じるかだけを正直に言ってくれればいい。原因を探すのは、こちらの仕事です。
「深海のような」:共通のイメージを経由する
編曲で「深海のような感じで」と言われたことがあります。
深海の音を実際に聴いたことがある人は、ほとんどいません。だからこの言葉は、本物の深海の音には変換できません。
そこで私は、多くの人が「深海っぽい」と感じる、すでにある音を経由しました。科学館で流れているようなBGMです。深い残響のシンセサイザーが、ゆっくり鳴っている。あれを聴けば、たいていの人は深海や宇宙を思い浮かべます。だから、リバーブを深めにかけたシンセサイザーを鳴らしました。
情景の言葉は、直接音に変換するのではなく、依頼者と私が共有できるイメージを1つ間に挟むと、ずれにくくなります。
「感情的に」:理論の中にある手段を選ぶ
作曲で「もっと感情的に」と言われたら、半音階を使います。具体的には、曲のスケールから少しだけ外れた音、テンションコードに使われているような音を、メロディに混ぜます。
「エモい」も狙って作れるという話を以前書きましたが、感情の言葉は、理論の中に対応する手段があることが多いです。スケールの中だけで動くメロディは安定していて、そこから半音外れた音が入ると、聴き手は揺さぶられます。
参考になるのはaikoさんの曲です。スケールから外れた音が、ごく自然にメロディの中に入っていて、それが感情の揺れとして届きます。
余談:言葉の種類で、翻訳の方法が変わる
3つ並べてみて気づいたのは、言葉の種類によって翻訳の方法が違うことです。
「機械っぽい」は症状の言葉なので、原因を探す。「深海のような」は情景の言葉なので、共通のイメージを経由する。「感情的に」は感情の言葉なので、理論の中から手段を選ぶ。
依頼者の言葉をそのまま音にしようとすると、うまくいきません。まず、その言葉がどの種類なのかを見分ける。そこで翻訳の半分は済んでいる気がします。
曖昧な言葉の方が、本音に近い
依頼者の言葉は曖昧です。でも、曖昧だから役に立たないわけではありません。
「高域を2dB下げてください」と言われるより、「なんだか機械っぽい」と言われる方が、依頼者が本当に感じていることに近いと思います。専門用語に置き換えた時点で、言葉からこぼれ落ちるものがあるからです。曖昧な言葉を受け取って、操作の言葉に翻訳する。その手間を引き受けることが、依頼を受けて作るということなのだと思います。


