こんにちは。ワキワキこと音楽プロデューサーの村脇です(詳しくはプロフィールをどうぞ)。今回の記事は宇多田ヒカルさんの「真夏の通り雨」について思ったことを発表します。
題しまして、
この曲よりいい曲かける気がしねぇ!『真夏の通り雨 – 宇多田ヒカル』【ワキワキ音楽評論#8】
恐れ多いですが、それでも私なりの思いを発表させてください。この曲は注目するポイントが非常に多いので、今回は歌い出しと歌の終わりについて深掘りしていきます。それ以外は、聞き手のみなさんが各々の解釈で聞き方で理解して良いかと思います。音楽が死にかけている現代日本において大切なのは「聞く側の耳」なのですから。何がよくて何が悪いのかしっかり判断して、その意見に自信を持てるようになりましょう。歌下手口パクライブで盛り上がるのは良い加減やめましょう。無料ストリーミングアプリなど使わず、CDを音源を買いましょう。そして、耳を肥やしましょう。本当に良い音楽が生まれる国でありますように。そして新たな音楽家を輩出できる国でありますように。
目次
歌い出し良すぎ問題。
「夢の途中で目を覚まし」で始まる真夏の通り雨。この曲は誰もが引き込まれたことでしょう。前置きはよしとして、もう本題に行きましょう。
歌い出しの音の良さについて語らせてください!
ピアノちゃ〜ん
からの
ゆぅ〜
この「ゆぅ〜」が心を掴んで曲が終わるまで放してくれません。
なぜいいと思ったのか考えてみました。
結論から申し上げますと、「音質が非常に良い!」これに尽きるでしょう。
あえて声質ではなく音質言わせてください。
声に含まれる声成分と息成分の割合が絶妙です。
もともと持って生まれた声が良いのもありますが、それを差し引いてもこの音質は良すぎます。
何を持って良いとしているかと言うと、音の多さです。いわゆる「声のレイヤー」と言うやつです。
人の声は複数の音階の音が同時になっています。もっとも大きく出ている音を認識して、人は音階を捉えています。
もっとも大きい音だけを発声すると志村けんさんの「あんだってぇ?」のような、ハウルの動く城を動かしているカルシファーのうような声質になります。
反対に宇多田ヒカルさんは、声の成分が多く絶妙に絡み合っているのです。
しかしながら、”多ければいい”というわけではないんです。
誰にも真似できないような「絶妙さ」が良いんです。
感覚なのか理論的に理解して実践できているのかわかりませんが、宇多田ヒカルさんの声からは幅広い周波数域を観測できます。
これが宇多田ヒカルさんの真夏の通り雨の歌い出しの「ゆぅ〜」の良さです。
これを踏まえてもう一度聞いてみてください。
曲の終わり方に込められたメッセージを読み取れ!
「ずっと止まない止まない雨に」
「ずっと癒えない癒えない渇き」
かなりネガティブな言葉を終止部分に持ってきて、それを淡々と無表情な声で繰り返し歌うなんて、正気の沙汰ではありませんね!!
怖すぎです!!
でも、そこが音楽の良いところ。
本当は思っているんだけど言えないこと。伝えたいけど感情が邪魔して口にできないこと。社会的な立場が邪魔して発言ができないこと。ありますよね!!
芸術家はそういう人たちに「伝達のための武器」を与えるためにいるのです。それと同時に、「武器を持たせないような心」にさえできてしまうのが芸術の力のすごいところです。
さて、真夏の通り雨の話に戻りましょう。
「ずっと止まない止まない雨に」
「ずっと癒えない癒えない渇き」
この部分は私の思うところ、どちらかというと応援しているような感覚に聞こえます。
理由はバスドラの配置との連動から読み取れます。
このセクションのバスドラの配置は、どこか心臓の音に似ている気がしませんか。
絶えず流れ続けて欲しい命への強い思い。
それに反するように癒えない病。
こんなところでしょうか。
私はその思いを感じました。
もう一度聞いてみてください。
まとめ
どうでしたか。
音楽は人それぞれ感じ方が違います。
しかし、感じ方が違うからといって何も考えなくても良いというわけではありません。
感じたいと思うのであれば、音楽に身をまかせるもっとも効果的な方法を”考え”ましょう。
大切なのは耳の良さです。どれだけ聞き手の耳が肥えているかが音楽の発展に直接影響します。
良い音楽がもっと溢れるように努力します。
今後ともよろしくお願いいたします。
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