思想

【哲学?】愛の分散について

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それでは本記事のテーマを発表します。

愛の分散

です!

「愛の分散」という考え方

皆さんは何かしらを、誰かしらを、愛したことはありますでしょうか。私はあります。人に対してもそれ以外に対しても経験があります。そしてその経験はとても人生を豊かにしていると実感しています。私の経験したことのある「愛」はおそらく人間に共通しています。人間の営みにおいて「もっとも美しい感情」や「もっとも魅力的な行動」の一つであると言えるでしょう。

私が「愛」を体験する中で一つの疑問が生じました。それは「愛」の総量の存在です。存在するのか否かという部分への疑問です。例をあげながらお話ししていきます。

私が1人の人間に対して「愛」を抱いたとします。この感情を水に例えます。私が1人に対して抱く「愛」は1リットルとします。そこにもう1人愛すべき人が現れたとします。そして私は「愛」を抱くのですが、この時の「愛」はどれほどの量なのでしょうか。

2つの考え方があります。
1つ目は「同等の愛」、2つ目は「愛の分散」です。

1つ目は簡単です。2人目にも1人目と同様に1リットルの「愛」を注ぐというものです。

対して2つ目は「愛の総量」が1リットルという考えです。2人目が現れたことによって1人目と2人目の「愛」はどちらも0.5リットルになります。

正直なところ、私の体感では後者の「愛の総量」が決まっている「愛の分散」方式での考え方の方がしっくりきています。

皆さんはどうでしょうか。

「愛の分散」は「同等の愛」とは限らない

前述した例では「愛の総量」的考え方による「愛の分散」を示しました。2つの考え方に共通していたのは”どちらも「同等の愛」である”という部分です。これを逆説的に考えてみます。

1人目が一緒に住んでいる恋人、2人目が飼っているペットとします。

このイメージをした時点で、「愛の分散」による「同等の愛」は確率は不可能であることがわかるのではないでしょうか。少し残酷ですが、人対人の方が人対動物よりも愛が深いのです。個人差はあるでしょうが、これは確かなことです。次に設定を変えてみましょう。

1人目が家族の誰か、2人目が恋人とします。

これもまた「愛」の種類が変わってきます。よって「同等の愛」は成り立ちません。愛の種類は変わったとしても「愛」は「愛」であることは違いありません。

少し頭でイメージするだけでも「同等の愛」を維持することがどれほど難しいのかがわかりますね。

まとめ:「愛の分散」の上手な使い方

「愛」にはたくさんの種類があり、中には歪んだものも存在します。ストーカーなどはまさに「歪んだ愛」の具現化現象と言えるでしょう。

人はまだ全ての人、動物、物を愛せません。

人が万物への愛を持つようになった時に、本当の意味で争いがなくなり次の次元・時代へと転換することができるのでしょう。

人が万物を愛せるようになるためにも、「愛の総量」を理解し「同等の愛」を常に意識することが大切です。

私が提案する「愛の分散」の考え方を示して今回の記事を終わりにします。

愛に総量があること、そして愛の総量は人それぞれ違いがあることを信じましょう。その総量を分散する相手の数を確実に判断しましょう。相手の数は一人一人への愛が稀薄になってしまわない数が望ましいです。そして、なるべく「同等の愛」を意識しましょう。他者との比較によって生まれるネガティブな考えが、この世界でもっとも醜いものです。「同等の愛」を持って相手と接しましょう。まずは1人でも2人でも構いません。人間はまだまだ発展途上です。これから発展するには「愛」が必要です。

 

 

 

 

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