思想 日記

善人は人から重んぜられ正義は人から尊ばれる

音楽クリエイターの村脇優です。

今回のテーマは善人は人から重んぜられ正義は人から尊ばれるです。

最近知った言葉がとても心に響いたのでそのご紹介です。

それと私なりの解釈というか感想というか、そういったものも述べてみました。

古い言葉なので"現代社会においてはそうでもないでしょう"という部分があると思います。

万物には良い部分と悪い部分が備わっているものです。

本当の意味で万能なものは一つもありません。

 

それではお楽しみください!

 

善人は人から重んぜられ正義は人から尊ばれる

さぞ苦しいであろう。

さぞお困りであろう。

死んだほうがましだと考える

その心持ちもよくわかる。

だが貴方よりももっと苦労しながら

立ち上がった人がある。

もっと困っていながら切り抜けた人がいる。

絶望してはならない、

人生には必ず活路がある。

人を呪うよりも自分の在り方を

反省することだ。

人の幸福を羨むよりも

自ら築くことに努めることだ。

そして神仏に仕えるつもりで

人々に奉仕すれば人々を幸いに

するとともに自分が幸いになる。

善人は人から重んぜられ

正義は人から尊ばれるはずである。

然し善人なればこそ悪人にきらわれ

正義なればこそ不正の輩に却(しりぞ)けられる。

善人必ずしも重んぜられず

正義必ずしも尊ばれない。

だが悪人にして栄えたためしなく

不正にして誉を得たものはない。

重んぜられずともよい

私は善人でありたい。

尊ばれなくとも良い

私は正義であることを欲する。

(日蓮宗総本山身延山久遠寺 代九十世 日勇上人)

 

令和を生きる若手音楽クリエイターの考えたこと。

いかがでしょうか。

結構現代において大切なことを思い出させてくれるところがあると思います。

特に後半の、「善人は〜」の部分から最後までがとても刺さりました。

前半はまぁ賛否両論あるかなと重ます。

 

この言葉をお書きになられた日勇上人は47歳で亡くなられました。47歳よりは若い段階でこれを書かれているわけですよね。

1600年代の47歳と現代の47歳は全くもって別の時間軸なのではないかと思うほど、たくさんのことを経験されたのだろうなと推測できる文章です。

経験する"人徳の成長を促す事象"の密度が高く、思考を行う機会が多かったのでしょうか。

現代人が1日に処理する情報量は江戸時代でいうところの1年分だと何かの記事で読んだことがあります。

それなのに、現代人の人徳はどうでしょうか。

情報に溺れ、情報を食い尽くし、情報肥満になってしまっているではありませんか。

それをうまく利用する者とそうでない者に分断され、本当のことに気づけない人々がどんどん増えていきます。

そのうずに飲み込まれたまともな人は心を病んで、自ら命を投げ出していくのです。

 

日勇上人は「絶望してはならない、人生には必ず活路がある。」と仰りますが、現代に生きたらきっとこうは述べないのではないでしょうか。

現代において毎日笑顔で生きていくには難しすぎると思うのです。

あまりにも辛辣で悲惨で世知辛いです。

 

人生がゲームであるのなら早くゲームオーバーになりたいと思うほど、ハードモードです。

「だが貴方よりももっと苦労しながら立ち上がった人がある。もっと困っていながら切り抜けた人がいる。」かもしれませんが、それはその人がからできたわけであって私たち皆が同じように、もしくはそれ以上にやれるかといえばそれは違うでしょう。

私たちは一人一人が別々の人間です。

よく深い人もいれば、深く考える人もいる。

優しい人もいれば、悲しくもならない人もいる。

それで良いのです。

私は人類の全てがそのままで、ありのままで生きていて良いと思っています。

ありのままでは調和が取れないという意見も多分にあると思いますが、その原因は人徳にあると思うのです。

人はあと人徳さえあれば全て救われるのです。

外部から何者かが人徳が育たぬように抑制しているのではないかと思うほど人間の人徳的成長は発展途上も発展途上です。

故にハードモードです。

 

映画「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」に出てくる地球外生命体は自らの惑星を地球人に潰されながらも、復讐することなく調和を求めるのです。

それでも愚かな地球人は彼らを攻撃します。

人類の攻撃性と人徳の無さと人間がどうなるべきかを示唆するような内容のSF映画です。

きっと彼らの惑星では皆が笑顔で暮らしていけるでしょう。

人生ノーマルモードです。

私たちもそうあるべきです。

人生には必ず活路があるはずだと、何度も立ち上がりまた挫け、それでも立ち上がった人たちが、何度も挫けた結果、自殺を選択している世の中です。

江戸時代の365倍の速度で"転んでは立ち上がり"が繰り返されているのですから、人生の活路は無いと思う人ができても仕方のなことなのかもしれません。

私たちはそれでも生きていかなければならないのです。

思考を止めることなく、受け取った言葉をそのまま受け流すのではなく、自分の中で噛み砕いて、どう解釈するのかをはっきりとさせる必要があります。

受け売りが悪いというわけではありませんが、それプラスアルファで思考が伴うとより良いとおもいます。

世の中の全ての人が優しい人でありますよう祈っています。

そして全ての人が救われますように。

毎日笑って過ごせて、幸せに眠れますように。

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